初代国立劇場閉場。繁俊、登志夫と国立劇場。

登志夫が描いた初代国立劇場の挿し絵(「演劇界」2010年12月号)です。

国立劇場の閉場式が去る10月29日に行われました。下の写真は、この数日前、「妹背山婦女庭訓」を見に行った時に三階から撮りました。 

明治の時代から国立劇場を作る運動はありましたが、直接この劇場につながる運動は、昭和11年に「早稲田演劇協会」が俳優協会や作家、学者などに呼びかけ、国立劇場建設趣意書を国会に提出することから始まりました。紆余曲折の末、演劇界の人々の夢が実現したのが30年後の昭和41年でした。繁俊は最初から最後まで関わり、開場に漕ぎつけ、幸運だったと言えるかもしれません。この間に一緒に力を尽くして、逝ってしまった人々の願いを思えば、なんとしてもやり遂げなければという気持ちだったでしょう。

繁俊は、初代理事長に引き渡して、力が尽きたように病床に伏してしまいました。登志夫も昭和27年頃から繁俊と会議等を共にしたり、設立準備室からの依頼で海外の国立劇場の調査に半年を費やし、詳細な報告書を国会に提出したりしています。

開場初日は繁俊監修の「菅原伝授手習鑑」でしたが、繁俊は行くことはかないませんでした。登志夫夫婦は、まぶしい、晴れやかな気持ちで観て、病床の繁俊に報告しました。


「河竹先生の国立劇場設立に対する執着は、誰かが昨日や今日漠然と思いついたようなものではなく、戦前の昭和11年以来、今日まで、実に筋金入りの信念と命をかけるほどの情熱によって裏付けされたものであった。(中略)畢生の願望をかけて、国立劇場と共に歩み、その準備、事務の一切を取り仕切ってこられた先生がついに病床に親しまれるようになり、結局この劇場の華々しい会場も見られず、ロビーの中に1歩の足跡を印されることもなく、ついに幽界の客となられたことについては、なんとしても自らあきらめ切れない悔しさであったことであろう。それを思うと、たまらない気持ちで胸を締め付けられるのである。」初代理事長寺中作雄氏が「演劇学第9号」の追悼文に書いてくださっています。


繁俊が初代国立劇場にどれほど力を注いだかは、過去にこのblogで長く記載しました。

こちらは閉場式の日の幕間。登志夫もここで上演されたたくさんの舞台の監修や補綴をしています。さらに歌舞伎鑑賞教室は観客数が600万人を超えているそうですが、1986年前任の利倉幸一さんの没後委嘱され、解説や監修などに30年近く携わりました。観客に配布された小冊子、登志夫著「歌舞伎・その美と歴史」は670万部以上配られたそうです。当日、記念に1冊いただいてきました。

登志夫の娘のひとりが、数十年前、登志夫監修の舞台稽古を見学させてもらったことがありました。「播州皿屋敷」の稽古でした。いまの梅玉さんが舞台上できちんと座り、登志夫に挨拶されたのをみて、その礼儀正しさに驚いたそうです。それよりもっと前、ロビーで前の芝翫さんが「やあ、先生」と登志夫に声をかけられ談笑していたのもよい思い出とか。

閉場式の最後の演目は片岡仁左衛門さんの「お祭り」でした。水も滴るとはこのことかと思うような目の覚めるような素晴らしい踊りでした。

最後、花道に入る時に、体を舞台に向けて一礼されたのです。この一瞬に仁左衛門さんの心の暖かさと歌舞伎に対する愛情が溢れ出ていて、涙で何も見えなくなりました。

このことを劇場の方に話したところ、仁左衛門さんはその後、楽屋で着替えたあと、客席に回り、舞台に深々と礼をして帰られたそうです。仁左衛門さんは、初代国立劇場初日の「菅原伝授手習鑑」に出演して、劇場最後の日の舞台を勤められました。

まだまだきれいで、頑丈に見える劇場なのに、これでさよならとは…。

資料館も再開場まで閉まってしまうそうですが、この日は黙阿弥のものも展示していました。国立劇場には、登志夫が元気な頃から葛籠や時計など何度か黙阿弥関係の博物資料を寄贈しましたが、亡くなる1年半前、自分の死を射程に入れて整理をはじめ、河竹家の遺品、黙阿弥の自筆本、遺書など数百点をさらに寄贈して、資料室の皆さんに後を託しました。


2022年春の国立劇場前の桜です。毎年、繁俊に見せたいと思いながら見てきました。
初代国立劇場最後の通し狂言、令和5年10月公演と閉場式のプログラムやチラシなどを記録にしておきます。
10月公演チラシと、筋書き

10月29日の閉場記念式典プログラム
記念にいただいた国立劇場のマーク入りの大きな風呂敷と登志夫著の冊子
国立劇場伝統芸能情報館のチラシと冊子
国立劇場前庭と記念誌

名残惜しいことです。(良)

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演劇研究家・河竹登志夫(1924-2013)、登志夫の父・河竹繁俊(1889-1967)、曽祖父の河竹黙阿弥(1816-1893)     江戸から平成に続いた河竹家三人を紹介するサイトです。(http//www.kawatake.online) (※登志夫の著作権は、日本文藝家協会に全面委託しています。写真・画像等の無断転載はご遠慮願います。)