切抜帳33より⑤/鼎談・座談会
2002年1月国立劇場プログラムに。尾上菊五郎さん他と鼎談「創る楽しみ観る愉しみ」。
国立劇場には、繁俊、登志夫ともに、多大な尽力をしました。ここで登志夫が最初に言っているように、頼まれた資料を多忙で体調の悪い時期、手間をかけて海外へ渡って調査しましたが、有効に使われた感触はなかったようです。登志夫もここで「どういう風にご利用になったか、そこまでは知りません」と繰り返し述べていますので、不誠実な扱い方に当然気付いていたはず。このようにプログラムに文字になって掲載されても登志夫の不審は結局解消されませんでした。登志夫の没後、国立劇場を退職した人の荷物の中からこの資料は出てきたようです。
2002年元旦。南信州新聞に「血筋を引いた考証家たち 河竹さんを囲んで 新春座談会」。登志夫のほかに、繁俊と同じ飯田市出身・寄席文字の師匠・橘左近さん、同じく飯田市出身の林京平氏。
1月24日、同座談会②。
1月27日、同座談会③。
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