切抜帳31より①/劇場プログラムへの寄稿
1999年4月、国立劇場プログラムに監修のことば「画期的な通し上演」。『小袖曽我薊色縫』通し上演。八十助、芝雀の初役コンビでした。十六夜と清心の幻の再会の場、台本が失われていましたが、この時初めて上演できた経緯を書いています。さらに、このドラマと当時、二十世紀末との共通点についても触れています。この芝居、「稲瀬川」の幕はこの頃はわりとよく上演されていましたが、最近あまり見ない気がします。
同年4月29日、両国国技館での「新かぐや姫伝説 世界劇 眠り王: 愛とまごころの約束」プログラムに監修のことば。十二代目團十郎、現在の團十郎と勘九郎ら出演で、1万人コンサート、という趣向や宙乗りもあったように思います。演出のなかにし礼さんは、野口達二氏に紹介されたと書いてあります。なかにしさんは一時期、逗子の披露山でご近所にお住まいで、引っ越されるまで時々互いに行き来して楽しい時間を過ごしていました。
国立劇場6月の鑑賞教室に監修のことば「新歌舞伎の世界」。演目は「番町皿屋敷」、いまの中村錦之助と中村雀右衛門の青山播磨とお菊。
翌月、同じく国立劇場鑑賞教室の監修の言葉「義太夫狂言の名作」。上演は「石切梶原」。中村梅玉の梶原景時。
同年9月、「江の島歌舞伎」。黙阿弥作「白浪五人男」を藤沢市民会館で上演。いまの七代目と八代目菊五郎出演。1968年に開場したこの会館は、先月(2026年3月)に閉館しました。
10月のいそだあき一人芝居「ときめき」プログラムに「ときめき……一途な心」。松井須磨子が主役のこの芝居に、「乾坤一戯場」という言葉も自筆で寄せています。
11月、「文化庁移動芸術祭巡業松竹大歌舞伎」プログラムに「『釣女』と松羽目物 黙阿弥の舞踊劇」。多くの松羽目物と言われる舞踊劇を遺した黙阿弥。その原点と時代背景を解説しています。
歌舞伎座12月、黙阿弥の「大杯觴酒戦強者」上演にあたり、「『大盃』と黙阿弥と左團次と」。黙阿弥が初代左團次のために書いた作品。小團次との関係、左團次との関係、明治以降の歌舞伎のこと…などに触れています。十二代目團十郎が馬場三郎兵衛を演じました、この芝居もこの時以来演じられていないのではないでしょうか。
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