切抜帳30より⑥/その他、国際糸操り人形館など

1998年8月2日信州日報。竹田扇之助記念国際糸操り人形館の撰文、門?の表札のようなところの字も書き、世阿弥の言葉を引用した碑にも署名しています。竹田氏は2020年に90歳で亡くなられていますが、飯田市を縁に、繁俊の時代からつながりのある仕事でした。

1997年11月、北国新聞。石川県で文化庁芸術祭参加の日本人による「魔笛」上演にあたり、執行委員長として祝辞を述べたという記事。

1998年2月、池袋の東京芸術劇場で西舘好子さんのみなと座による「糸女」が再々再々演(四度目)された際のちらし。


3月、中高年齢者雇用福祉協会研修会での特別講演。海外公演のエピソードなどを講演していますが、「非常に説得力があり、また研究員にとっては、スマートさ、話し方すべてにわたって参考となり、貴重な体験となった」と書かれています。登志夫も満足の評でしょう。

3月、早稲田オープンカレッジでの講座で「世界の中の歌舞伎」。

早稲田大学比較文学会ニューズレター。5月に公開講演会で話した「演劇に見る日本人の『間』について」の内容を要約したもの。

12月9日の夕刊フジ。「私の酒歴書」に山城新伍氏が登場された際、河竹登志夫先生と飲むのも楽しいですね、と交友関係をお話しされています。葉山の大繁さんというお寿司屋さんには登志夫も夫婦でよく出掛け、色々な人たちと楽しい時間を過ごしていました。

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演劇研究家・河竹登志夫(1924-2013)、登志夫の父・河竹繁俊(1889-1967)、曽祖父の河竹黙阿弥(1816-1893)     江戸から平成に続いた河竹家三人を紹介するサイトです。(http//www.kawatake.online) (※登志夫の著作権は、日本文藝家協会に全面委託しています。写真・画像等の無断転載はご遠慮願います。)