切抜帳30より①/公演プログラム

1997年9月、サンシャイン劇『葉武列土倭錦絵』の監修。プログラムに「画期的な歌舞伎ハムレット」を寄稿。

仮名書魯文がハムレットの翻案作として明治19年に新聞連載したものの、演じられることのなかったこの作品、1991年に東京グローブ座で現在の松本幸四郎出演で初演され、ロンドンでも上演されました。登志夫にとっても、歴史的な上演に監修として携わったことで生涯でも思い出多い意義深い仕事でした。この時は6年ぶりの再演でした。筋書きにも、学位論文にしたほど愛着あるハムレットそしてシェークスピア作品移入史も簡単に解説しています。

こちらのページには6年前の東京グローブ座初演時のプログラムへの寄稿があります。


こちらは国立劇場で10月に上演された「黄門記童幼講釈」関連。登志夫が監修しています。




公演の宣伝キャンペーン行事に参加し、七代目菊五郎さん、松緑さん、八代目菊五郎さんらと屋形船に乗っています。江東区新大橋近くの安宅丸が停留していた場所がモデルの地です。読売新聞、朝日新聞に掲載。

こちらはそのちらし。

そして筋書に「明治の実録物」寄稿。この作品はあまり上演されませんが、歌舞伎座が明治22年に開場した際に福地桜痴が改悪し「俗説美談黄門記」として上演したことでも知られています。

10月、五十田安希ひとり芝居「ぼたん刷毛」プログラムに「五十田さんの須磨子に期待する」。


1998年1月、浅草歌舞伎で「河内山」上演について「普及の古典『河内山』」。今も繰り返し上演される黙阿弥の人気作『河内山』の魅力はなにか。役者さんがこの作品を演じるのが大好きなのもよくわかります。

6月、恒例の国立鑑賞教室。『葛の葉』上演にあたり監修のことば「わかって楽しい歌舞伎劇」。


翌月も鑑賞教室、『傾城反魂香』上演にあたり監修のことば「人間愛とユーモアの演劇」。


11月、移動芸術祭巡回公演で『傾城反魂香』上演にあたり「人間愛とユーモア」。片岡我當さんの又平に秀太郎さんのおとくだったようです。この二人の「吃又」は見たことがありませんでしたが、きっととてもよかったのだろうな、と想像できます。

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演劇研究家・河竹登志夫(1924-2013)、登志夫の父・河竹繁俊(1889-1967)、曽祖父の河竹黙阿弥(1816-1893)     江戸から平成に続いた河竹家三人を紹介するサイトです。(http//www.kawatake.online) (※登志夫の著作権は、日本文藝家協会に全面委託しています。写真・画像等の無断転載はご遠慮願います。)