繁俊の日記から⑩/太平洋戦争最後の半年/昭和20年8月後半の記録
☆註 8月15日、鈴木貫太郎内閣総辞職、17日皇族の東久邇宮稔彦内閣成立
8月18日
昨日来た俊雄と、寿美子が別家へ行きての話に、相模湾に米兵20万人上陸せし由。(これにては、果たして帝都へ20日すぎに帰られるや否や不安なり。)ただしこれらはすべてデマの由。
8月23日
○ 15日の発表後、新入学のものは即座に帰還、然らざるも帰す。
☆註 早稲田大学は9月から授業再開を決めた。
○山本村にては、洋服2着に毛布6枚を持ち帰りしものある由、 みんなくれるらしい。
○汽車の切符甚だ面倒の由、ただし理由あれば飯田駅にても買えるらしい。
○小松蔵治氏9日に出立して、17日に帰郷しての談 「東京の諸官庁は、重要書類を即日より焼却しはじめた由、市内の治安は別条なき模様、帝大が宿舎になるだろうとの話ーー女学校は全部休止、各家庭に帰らせ、女子の大学も授業停止の由ーー外国兵上陸を警戒してのものなるべし。ーー日本飛行機も「陸軍健在なりや」などのビラをまきし由ーーデマ横行にて下り列車は避難者でいっぱいーー上りは比較的スキありました」とある。
○日夏氏も(☆飯田に)疎開した。
☆註 日夏耿之助 同郷の詩人、英文学者、繁俊との往復書簡多数
○広島は、12万程度の死傷の由、これが本当なるべし。
○何でも物々交換ならでは手に入らぬこと伊賀良村あたりにて
○板蓋1枚につき米1升、昨年は三蓋にて2升なりしが本年は1蓋にて1升の由。 ☆1升=1.5kg 板の蓋(ふた)を使って米を測ったらしい?
○小麦1斗170円。2斗欲しいと言うとそのかわり紺ガスリ(久留米)が欲しいという、カスリが1反80円にて疎開者で買いし人ある由、 1斗=10升
○小麦1俵600円が相場、大麦1俵400円というので行きしに、500円なりと言いし由。
☆1俵=60kg
○トマトは1貫メ当地にて5円の由。 ジャガイモは1貫メ10〜12円とあり
☆1貫目=約4kg
8月27日
俊雄を諏訪に出立せしめる。 午後1時半頃岸田国士氏来訪、5時ごろまで兄上と共にハナレにて快談する。
☆岸田氏との話
○真の愛国心はかかる際に発現しても毫も差し支えない筈なり。ーーフィヒテは第一次世界大戦後の休戦条約中に「独逸人に告ぐ」なる講演をして、国の内外にセンセーションを起こした。目的のためにせられたる愛国心は不可、是正さるべきである。
☆註 フィヒテはドイツ人哲学者、 講演中、「愛国主義とその反対」で、愛国心と世界市民主義は矛盾せず、彼にとって、世界市民として人類の発展を志向することと、その目標を自身の置かれた場所で果たす事は同じ事であった。
○文教施策こそ最大の問題なり、作品として第一次世界大戦の時の後にも宗教的傾向強まれり、ーーカソリック的の色彩強き作品多数現れたり。
○源平合戦後の「平家」、宗教時代、戦国時代後の三教一致の文教政策、いずれも重大なり。
☆註 日本では神教、儒教、仏教の三教 。 思想宗教を超えて3つの教えが一致するとする論
○「軍人は戦死さえすれば負けたとは考えない」ーーそれが日本武士の骨頂かーー
○農村の生活の楽しみ方。
○岸田氏は来月早々に大明神原の道場の上に家を作るために、家を借りてそこに移るつもり。
○岸田氏との話中に、日本人がぜんたいに敬虔さを失ってしまった。これは何とかしなくてはならぬ。宗教的の信念、ーー敬虔さ。親切さ。
☆註 岸田國士 陸軍士官学校卒業後、27歳で東京帝大仏文に入学、30歳でパリ日本大使館、国際連盟勤務、フランス演劇史研究、帰国後劇作家、作家、「文学座」設立、一時大政翼賛会文化部長、この頃飯田に疎開、昭和22年GHQに公職追放される。 戦後活発な演劇活動のさなか63歳で永眠。無宗教での告別式。
○本日読みし「東京新聞」に、一昨年末撮りし、「勧進帳」が一般映画になる由の報ありたり、
☆註 昭和18年12月22日、歌舞伎座で上演中の「勧進帳」(7代目幸四郎、15代目羽左衛門、6代目菊五郎等)の記録映画を撮影した。その映画の冒頭で、繁俊が解説をしている。
○石黒農相が1割減のことを放送しときに、先代萩の文句を引用
8月28日
○記載の下村陸軍大臣の講演はよろしきものなるが、その中に忠臣蔵の文句、行動を引用したものがある。
☆註 下村定陸軍大臣(8月23日に就任)が連合軍の日本進駐に対する不安解消のため26日にラジオで演説。 「陸軍軍人軍属に告ぐ」として 「大石蔵之介の赤穂城明け渡しの立派さを例に挙げて、天皇の命令に従って、おとなしく武器を捨てるように」と放送した。 石原莞爾陸軍中将も毎日新聞で、やはり大石蔵之介を例にして同様のことを述べた。 マッカーサーもいちばん心配したのは尚武好戦の日本人が占領軍に抵抗し、反乱を起こしはせぬかと言うことだった。
8月30日
☆註 連合軍最高司令官、マッカーサー、神奈川県厚木海軍飛行場に到着。
空襲の来ない日々が戻る、自庭で。
<続く>
0コメント