5月以降の黙阿弥作品上演

五月の歌舞伎座は恒例團菊祭。九代目團十郎と五代目菊五郎を顕彰しての公演ですから、黙阿弥作品が出ないわけがない、今回も昼は『幡髄長兵衛』、夜は『四千両』が出ます。長兵衛は團十郎さん、水野が菊之助さん、富蔵を松緑さん、藤十郎を梅玉さん…。新鮮で楽しみですが、世代交代には寂しさも同時に感じるものです。見ている方も、同じように年を重ねてきているわけですが。。

『四千両』について、登志夫の著書『黙阿弥』から少し引用します。
「そういえば、競演に大勝した『四千両』も、明治でなければ生まれない狂言であった。旧幕時代にはおもいもおよばない、江戸の『牢内』の活写場面が眼目の芝居だからである。

企画と資料提供は『参謀長』格に招かれてきた田村成義で、大正期に、若き日の菊吉(六代目菊五郎と初代吉右衛門)を市村座に同座共演させて世にいう『二長町時代』を生み、現代歌舞伎へのカナメを作った名興行師だ。

題材は、浪人藤岡藤十郎と野州無宿の富蔵の、江戸城本丸御金蔵破り事件である。筆を取りながら、黙阿弥は、あの時のほろ苦い思い出を、反芻せずにいられなかった。 

四半世紀前の安政の昔、小團次に書いた『十六夜清心』の受難の思い出である。大入りだったのに、三十五日間で幕府の停止処分に遭った。御金蔵破りが背景にあったからだ。名前も場所も変えたが、許されなかった。が、その禁縛は、御一新でとかれ、事実どおりの脚色ができる。いいこともたまにはあるものだ__と黙阿弥は苦笑した。

大評判は『伝馬町牢内』の場、もと代言人つまり弁護士で、幕末に前科掛りをしたことのある田村が、当時面倒をみた元囚人二人を菊五郎に紹介し、詳細に体験を語らせたのだった。

砂糖屋の清坊という遊び人と、佃島無宿の入墨の万吉。どっちも今は堅気だが、元は牢内役付のこの道のベテラン。富三役の菊五郎は、生来の凝り性だから、その迫真のリアリティーが、初めて牢内を見る客の好奇心に応え、まれな大入りとなったのだ」


六月の歌舞伎座は萬屋の襲名や初舞台、夜の部で獅童さんが『魚屋宗五郎』を。

一月の浅草歌舞伎での松也さんの宗五郎もとてもよかったそうですが、若い俳優さんが宗五郎や新三をなさるのは楽しみです。どんどん回数を重ねて、どんどん味のある芝居になっていくのを見るのが楽しみです。

ちなみに、『幡髄長兵衛』が明治14年、黙阿弥66歳の作、『魚屋宗五郎』は明治16年、68歳の作、『四千両』は明治18年、70歳の作。5年のうちにこの三作が書かれています。

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演劇研究家・河竹登志夫(1924-2013)、登志夫の父・河竹繁俊(1889-1967)、曽祖父の河竹黙阿弥(1816-1893)     江戸から平成に続いた河竹家三人を紹介するサイトです。(http//www.kawatake.online) (※登志夫の著作権は、日本文藝家協会に全面委託しています。写真・画像等の無断転載はご遠慮願います。)