「わが家のガイドライン」男女の別はない、たくましく生きよ

異常な暑さでぐずぐずしているうちに2週間が経ってしまいました。
資料を整理しているうちに、1988 (昭和63)年2月6日の日本経済新聞に載せたエッセイ「わが家のガイドライン」が目にとまりました。もう35年も前のものです。
この頃の子供たち3人は、今なんと57歳を頭に50代です。この35年、本当にいろいろなことがありましたが、登志夫が願ったように「健康第一あとは御自由」の通り、頑張っています。
今のところその歳なりに全員健康で、それはまず良かったと思っています。

この文の中で登志夫は「先に死んでしまう親が子にかれこれ言うのはむしろ無責任ではないか」と。登志夫の父繁俊が「責任ある自由」を主義としてああしろこうしろとは決して言わなかった、と書いています。
2人ともほんとうにそういう人でした。私もそう思って生きてきましたが、今のような時代の過渡期、歴史始まって以来のスーパーコンピューターが活躍するこんな時代に、後期高齢者には自分の行く末すらわからないことになってきました。
このブログを始めて、黙阿弥の江戸明治の頃、繁俊が黙阿弥の家の養子に入った明治大正の頃、登志夫の最初の結婚、戦後すぐの嫁姑問題などなど読み進めてくると、前世代の道徳や常識と言われる考え方との葛藤が、生きるのをどんなにか難しくしていたかがわかります。黙阿弥の芝居は、封建制度、武士道の義理人情の世界と、生来の人間の心の葛藤の芝居です。逍遙も妻の生い立ち、経歴をかばって、明治の世間の常識と戦った一生でした。

この小さいエッセイで、逍遙、繁俊、登志夫の短い言葉が書かれています。自分がひどく苦労したことを次の人にはさせまいとする重い言葉だということがよくわかります。
文末の「男女の別はない、たくましく生きよとのみ願う」で、私まで励まされました。
時代とともに変わる常識を、唯一真理のように振りかざす前世代の人との葛藤で生きづらい思いをしている若い方もあるでしょう。人間はそうやって長いこと生きてきました。
が、若い方たちは「責任ある自由」を胸に、たくましく生きてもらいたいと思います。必要なのは、お互いへの思いやりだと思います。私はこの頃は口出しをするどころか、負うた子に教えられの気分で生きています。

次は暑さに負けず楽しいカエルのことです!
(良)

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演劇研究家・河竹登志夫(1924-2013)、登志夫の父・河竹繁俊(1889-1967)、曽祖父の河竹黙阿弥(1816-1893)     江戸から平成に続いた河竹家三人を紹介するサイトです。(http//www.kawatake.online) (※登志夫の著作権は、日本文藝家協会に全面委託しています。写真・画像等の無断転載はご遠慮願います。)