切抜帳8より④(1973-1974)/包丁・食べ物・その他

こちらは、「いんなあとりっぷ」という雑誌です。 佛乃世界社という出版社が1972-1990に出していたようです。「100字発言 私にとって死とは…」。美輪明宏さん他、数人の方と並んで。句読点入れて、ぴったり100字です。ほかの人は、全員数えていませんが、ぴったりではないようです。


3月4日朝日新聞「酒のさかな 生の味こそすべてに優る」。前年に成城から逗子へ越し、魚をさばいて食べる楽しみが増えたが、最後はやはり公害一掃を切実に願って、と終っています。


10月7日朝日新聞日曜版「私の歳時記 スコットランドの秋」。エジンバラで見た月を「マクベス」とからめて…。


こちらは、どこかの会社の会報でしょうか。ただただ魚のことを書いています。


この日、土井勝料理学校の「料理」という雑誌のために、学校にお招きを受けました。写真の右上、土井先生の手元を熱心に見ている男の方たちは、団伊玖磨、登志夫、近藤啓太郎、松山善三の諸氏。男の料理教室です。料理に興味のある方たちが選ばれたのでしょう。

そして、「髪結新三」のカツオの件や、包丁研ぎの件について。これはインタビュー形式です。

実習です。

かつおを三枚におろした後、専用の先の尖ったステンレスの道具で刺し、上の写真のように皮のほうを焼きます。

この日は、名前入りの本焼きの包丁と、この土井先生特注のステンレスの道具をいただいて、ご機嫌で帰ってきました。それまで皮を焼くだけで、お刺身にして食べていましたが、この日、土佐造りの直伝を受けて以来、家の初鰹はタタキとなったこと言うまでもありません。


こちらは、富士通の広告。八代目三津五郎さんとコンピュータについて対談しています。

この頃は広告や宣伝活動も案外文化的だったですね。「日本の情報化社会。その正しい、豊かな進展のために、コンピュータ利用はいかにあるべきか」。さて、50年後、コンピュータは豊かに進展してきたのでしょうか。


こちらは新聞に載った角川の国語辞典の広告。

国語辞典の「協力者のことば」。

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演劇研究家・河竹登志夫(1924-2013)、登志夫の父・河竹繁俊(1889-1967)、曽祖父の河竹黙阿弥(1816-1893)     江戸から平成に続いた河竹家三人を紹介するサイトです。(http//www.kawatake.online) (※登志夫の著作権は、日本文藝家協会に全面委託しています。写真・画像等の無断転載はご遠慮願います。)