ドイツからの手紙②

今日12月7日は登志夫の97回目の誕生日です。生きていたらどんな97歳になっていたでしょう。見てみたかったです。

さて…、新婚時代の登志夫が、ドイツから良子に出した7月16日の野外劇場の絵はがきです。

この絵はがきでは、昨夜の事として梅雨のような天候の夜の野外劇場で「エドモント」を見たこと、この貸間の宿での早寝早起きは健康によかろう、などと書いています。
しかし2ヶ月以上経った9月の終わり頃、妻の出産も終わり、自分も体調を取り戻してから、便箋16枚にこの葉書を書いた日から数日の、心身の大変だったことを書き送っています。
「実は15日に、劇団「雲」への原稿を書き終え、寝不足のままバート・ヘルスフェルトに着き、下宿に荷物を置いて劇場の切符を買いに行き、慌ただしく夕食をとり、古い教会を巧みに利用した野外劇場にたどり着いた。寒い中、板1枚の椅子。芝居が高潮してきた時に軽い吐き気から脳貧血が起きた。5月半ばからしきりに疲れて、気のせいか、胃上部に触れるものがある。癌か。気持ちでは紛れず、なにかキラキラ光るものだけが暗い空間に浮かんで見え、あぶら汗がにじみ出る。やっと終演まで耐えて霧に濡れた夜道をそろそろおり、宿にたどり着いた。」
この16日の葉書は、痛みの間に書き、ばぁやさんに投函してもらったのだと思います。
「16日の夕方あまりの腹痛で声も出せないほどで、ドクターを呼んでもらう。静脈注射で意識朦朧としながらも、2時間後には痛みがおさまってきたので、盲腸ではなく尿管結石の診断となり、1 7日はビタミン入りの煎薬を大量に飲みよく眠る。
18日はそろりそろりと歩いてレストランへ行き、夜は生と死を考え寝られぬ。
19日午前中にまた痛みはじめ、再度静脈注射。」

20日の絵葉書はつとめて明るく何気なく書いています。前に写真を送れと言われて、良子がふざけて舌を出したり寄り目をしたりという百面相の写真を送ったので、もっといいのを送れと言っています。
後の9月末の手紙ではこの日、
「旅に病むと聞けば身籠れるわが妻が 魂消ゆるらむと筆たちぬ
とつくにの人の情けは厚けれど もどかしや嗚呼旅に病む身は
故国(くに)とおく星寒くしてわれ病めり」
と詠っています。
この日、16日から不調により延ばし延ばしになっていた新聞社のインタビューがやっと済みました。
そして、21日には石が出ましたが、水晶か琥珀のようなきれいな石ではなく、良子への土産にはならぬとがっかりします。いくらきれいでもこの石はいらない気がしますが、、。尿管結石からは解放されますが、胃に感じる違和感が癌だったらと、まだ悩みは尽きません。が、「子供が無事に生まれることを祈った。母子ともに健全であることを願った。」と妻子へ気遣いも。
この夜野外劇場の「真夏の夜の夢」を見て、夜中に帰ってきます。
22日の手紙には、インタビュー記事が新聞に載り、夜7時のテレビニュースでは登志夫の来訪が伝えられたそうで、「日本人が来たなんてのが珍しい、そしてあまりニュースのタネのない、余りにも平和な土地なのだろう」と、書いています。

こちらは7月25日絵はがき。
真ん中が野外劇場で、登志夫の貸し間の宿は左上の丘陵のあたりの良い住宅地で、林の中の散歩道も素晴らしいと言っています。
7月28日には東ドイツとの境界の辺の町を案内してもらい、Erlangenへ向かいます。約5時間、2回乗り換えての汽車の旅です。
約60年も前のドイツの地図が資料の中に残っていました。Erlangenは、西ドイツの下から3分の1あたりにある、ニュールンベルクの都市です。

こちらは7月29日の絵はがき。

ここはかなり大きな町で国際学生演劇祭が開かれています。
7月30日の手紙には、やっと食べ物の話が出てきて「この国は飯もパンもあるけれども普通はじゃがいもです。幸いじゃがいもは嫌いでないから助かるが、かといって朝から晩までじゃがいもでもねぇ。ビールは土地のもあるがやっぱりミュンヘンのが1番。今日は、昼マーケットでバナナ3本と大きなさくらんぼ500グラム買ってきてたちまち食べちゃった。いい具合に着独頃から感じている疲れが少しずつ薄くなってきているように思う。」と明るさが出てきます。「父母のほうも別に電報も電話もないので安心している。そのうち出産の良い電報が来るのは楽しみだが、悪い電報ばかり心配し続けてきたのでね。なんとか私が帰るまで、一家が無事でいて欲しいとそればかり願っている。」体調回復とともに、食欲も出てきたようです。


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演劇研究家・河竹登志夫(1924-2013)、登志夫の父・河竹繁俊(1889-1967)、曽祖父の河竹黙阿弥(1816-1893)     江戸から平成に続いた河竹家三人を紹介するサイトです。(http//www.kawatake.online) (※登志夫の著作権は、日本文藝家協会に全面委託しています。写真・画像等の無断転載はご遠慮願います。)