『作者の家』が原作の新派『糸桜』
登志夫の『作者の家』を原作にした新派のお芝居『糸桜』が来月11月29.30日に再演されます。齋藤雅文氏による脚色・演出の『糸桜』は、2016年1月の三越劇場「初春新派公演」で初演されました。メインの三人、波乃久里子さん、大和悠河さん、喜多村緑郎さん(当時は市川月乃助)の配役はそのままで、2日間3公演という短い公演ですが、再演されることになりました。今回は、前回はなかった登志夫役も最初に登場するらしく、登志夫が生きていたら、美男の喜多村緑郎さんが演じてくださるのですから、鼻が高かったでしょう。
※初演のことについては、2021.0707のこのブログで書いています。劇評などもありますので、ご覧ください。
チラシ裏の、三人のお写真はとても雰囲気があります、実際は、三人で一緒に写っている写真は存在しませんが、この頃(糸女が生きていたころ)の繁俊とみつ夫婦の写真はこちらです。結婚した頃糸女と一緒に住んでいた本所(現在の墨田区緑)の庭で撮ったもの。大正6~7年頃です。右に写っている黙阿弥遺愛の燈籠は、現在歌舞伎座ビルの4階にある屋上庭園に寄託されており、だれでも見ることができます。
こちらは糸さんです。
『作者の家』は、198I年、毎日出版文化賞と読売文学賞を受賞して、2月後にはNHKラジオの「日曜名作座」(4回)で森繁久彌さんと加藤道子さんで、「私の本棚」(18回)で高橋昌也さんの朗読。1991年(東京芸術劇場)と1998年、西舘好子さんの「みなと座」により、『糸女』というタイトルで左幸子さん、三田和代さんが演じてくださいました。朝の連続テレビ小説化の話もある時期進んでいたのですが、プロデューサーが地方に転勤になり、立ち消えになってしまったそうです。『作者の家』には、黙阿弥は登場しませんが、逍遙、須磨子、抱月はじめ、歌舞伎俳優、関係者、魅力的な市井の人々がたくさん登場します。明治維新後から、関東大震災以前と以後の移り変わりという激動の時代を、真面目に志を持って生きた人々です。
「坪内先生のように偉い人になれるように頭をなでてもらいなさい」と、繁俊に言われ、登志夫は坪内逍遙に頭をなでてもらった思い出があります。「偉い人になれ」という言葉も今の時代はあまり言わなくなり、「成功」とは事業で成功してお金を得ること、が大人も子供も、共通認識なのではないでしょうか。この作品にはそういう成功者は出てきませんが(みつの父は結果的に商売で成功していましたが、それは丁稚奉公から婿養子として大店の商売を任された責任からでした)、時代の波に巻き込まれながら必死に見えないものを守った人たちの、不器用で飾り気のない生き方が、存分に描かれていると思います。舞台はもちろんですが、長編のドラマにも向いていると思います。繁俊の人生を思うと、便利な時代に生活しているのに、時間を無駄に使っている自分が毎度情けなくなります。
それはともかく、再演は楽しみです。波乃久里子さんのさっぱりと芯の強い感じは糸女にぴったりですし、大和悠河さんは実際のみつよりずっと華やかで素敵ですし、喜多村緑郎さんのソフトで優しいお人柄は繁俊にも共通していて、初演もとてもよかったのです。今回、著作権のことなどで連絡をくださっている齋藤雅文氏、良子へのメールによるとコロナ禍で「たった二日間しか劇場が取れなかったので、道具を飾っている暇がありませぬ。いわゆる『構成舞台』という感じで、役者の底力と、科白の魅力で勝負しようと思います!当然、少し書きかえるように思います。」ということです。登志夫の作品を舞台にしようとしてくださるのもありがたいですし、出演者の皆さんが、おりることなく、再演でまた集合されることも大変幸せなことです。たくさんのお客様がいらしゃいますように…。
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