河竹家と震災⑬焼け残ったもの⑤黙阿弥が妻に贈った簪

糸女が下の簪に関する説明を書いたもの。こちらも、葛籠に入っていたものです。黙阿弥が最初の子供市太郎が生まれる前に、男子が生まれたらお祝いに珊瑚玉の中ざしをプレゼントすると約束して、その通り男子が生まれたので、丸利というところであつらえたものだということです。是真先生へ頼みこの櫛が出来たとあります。糸が母の琴から譲り受け、大事に震災から守ったものです。

こちらは、黙阿弥下絵による黒地蒔絵の笄、真ん中は金の笄、右は尾崎谷斎作、鹿の角の笄。琴女愛用の品です。国立能楽堂の高尾曜さんにみていただいて、右の笄が象牙でなくて鹿の角と言うことがわかりました。柔らかくしなって独特の手触りです。谷斎は大変ユニークな人で、尾崎紅葉の父。当時流行の根付師で、幇間でもあり、寡作だったそうです。

こちらは原羊遊斎の根付。螺鈿の青がやけに鮮やかで、新しいように見えますが、当時のままの色です。一か所だけ青い貝がはがれてしまっていたのを、金沢の蒔絵師清瀬一光さんに直してもらいました。

こちらは古満寛哉(こまかんさい)の印籠。寛哉も羊遊斎も、どちらも大変な印籠蒔絵師のようです。売ったらどのくらいの価値があるものなのか、とそんなことが頭をよぎることもありますが、大変小さい品物ですから、時々出してはながめて幕末の先祖たちの若き日や、その後の長い家族の歴史に思いを馳せるための美しい小道具として、これ以上のものはありません。

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演劇研究家・河竹登志夫(1924-2013)、登志夫の父・河竹繁俊(1889-1967)、曽祖父の河竹黙阿弥(1816-1893)     江戸から平成に続いた河竹家三人を紹介するサイトです。(http//www.kawatake.online) (※登志夫の著作権は、日本文藝家協会に全面委託しています。写真・画像等の無断転載はご遠慮願います。)