切抜帳29より③/「演劇界」などへ随想

演劇界1996年7月号「日本演劇協会と北條さん」。同年5月に亡くなった劇作家北條秀司氏のこと。登志夫は本願寺での日本演劇協会葬での葬儀委員長を務めました。日本演劇協会の初代会長が久保田万太郎氏、二代目が北條氏、三代目が登志夫でした。

こちらは葬儀の弔辞。


「演劇界」1997年1月号「心に残る舞台わたしの劇場」という企画に「国立劇場『宇都谷峠』の頃」を寄稿。昭和44年、国立劇場ができて間もないころ、登志夫が補綴・演出した「宇都谷峠」には十七世勘三郎と、初世白鷗が共演、十八世勘三郎さんも子役の役で出演し、登志夫は実際の舞台の制作からかかわり、とても思い出深い仕事だったようです。

「演劇界」同年4月号「勘弥さんのこと~思い出すまま~」。守田勘彌さんの二十三回忌追善にあたって、思い出を綴っています。伊香保の碑はいまはないようです。

長野県飯田・下伊那の発行でしょうか。「生活と文化」同年夏号に「父、繁俊のこと」。登志夫が敬愛していた父と生まれた信州のこと。

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演劇研究家・河竹登志夫(1924-2013)、登志夫の父・河竹繁俊(1889-1967)、曽祖父の河竹黙阿弥(1816-1893)     江戸から平成に続いた河竹家三人を紹介するサイトです。(http//www.kawatake.online) (※登志夫の著作権は、日本文藝家協会に全面委託しています。写真・画像等の無断転載はご遠慮願います。)