切抜帳13より⑥ 劇場プログラム 歌舞伎の歴史と現状 河竹家と帝劇 才気溢れる猿之助

1981年7月青少年芸術劇場「歌舞伎」巡業プログラム。短い中にも、歌舞伎の歴史の必要な情報が詰め込まれています。          


8月、松竹巡業プログラム。

10月帝国劇場プログラム。「帝劇と私」。帝劇ができた明治44年、早大生だった繁俊は文芸協会の公演に出演し、その後、河竹の家に入ってからは、大正9年から震災で帝劇が焼けるまで文芸部に入り、女優学校の主事も勤めました。登志夫は、この時代が繁俊にとって最も楽しい時期だったのではと言っています。女優学校の時には、ずいぶんもてたようです。2P目の最後の方には、帝劇が昭和39年に閉じる際にの「アラビアのロレンス」上演に結婚前の良子と行き、その後結婚したことがわりと長く書いてあります。「帝劇と私」というお題なので、このくらい私的でもまあ許されるかな、という感じでしょうか。


11月梅田コマ劇場/市川猿之助グランド歌舞伎プログラム。ソ連公演で團子時代の猿之助と一緒に過ごしたことや、その後のヨーロッパにも随行したこと、猿之助がどれだけ才気あふれる俳優か、書いています。

12月中日劇場猿之助舞踊特別公演プログラム。これも猿之助公演です。

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演劇研究家・河竹登志夫(1924-2013)、登志夫の父・河竹繁俊(1889-1967)、曽祖父の河竹黙阿弥(1816-1893)     江戸から平成に続いた河竹家三人を紹介するサイトです。(http//www.kawatake.online) (※登志夫の著作権は、日本文藝家協会に全面委託しています。写真・画像等の無断転載はご遠慮願います。)