「柴田是真と能楽」展を見てきました

ここしばらくいろいろなことがあり、私も2度転倒したりして、心にかけながら行くことが出来ませんでした。昨日12月7日は良いお天気で、亡夫登志夫の誕生日、転ばないように(歳をとったものです)国立能楽堂へ行ってきました。都営地下鉄大江戸線、国立競技場駅のエスカレーターを上っていくと、海抜30メートルの標識。さすがに空気がよく、晴れた空に薄く細い雲が悠々とたなびいていました。
資料、展示室に入ります。赤いひもの首掛けカードをいただき重い扉を開けます。
能楽堂との境の入口を入ると、内庭の紅葉が目を楽しませてくれました。
そのまま歩いていくと、劇場の食堂、ロビーに突き当たり、、あれ? 劇場の方に聞くと展示室は食堂の手前でした。何回も行ったことのある、この能楽堂の資料室の場所を初めて知りました。こんなところにあったのですね。
ここからは撮影禁止です。おりから公演中の狂言の20分間の休憩が始まったところでしたので、一気に資料室もたくさんの人になりました。
部屋に入ってすぐ、お出かけ前の調査資料室の高尾曜さんに偶然お会いでき、数分お話しすることができました。河竹家からの出品作品は以下の4つです。
① 淡島明神御詠歌漆絵櫛 是真作
黙阿弥の妻、琴の持ちもの
「皆人のこころもつれをとけよとて引てをさむる神の」が黒漆で書かれています。
浅草寺境内の淡島堂の御詠歌の歌詞でしょうか
持ち主だった晩年の琴の肖像画(田中正五郎氏描く)
② 貝尽蒔絵櫛 是真作
茶道具を扱っていた大源の娘で、黙阿弥に嫁いできた琴の、嫁入り道具だったのでしょう。
金粉溜地に精緻な貝尽くしの高蒔絵

③ 紙本多色刷摺り物(縦43.5センチ、横57.4センチ)
黙阿弥が明治14年に引退したときの配り物と上包みで、登志夫が亡くなる前年国立劇場に寄贈しました。
しばらく実物を見なかったのですが、思っていたより大きくて迫力がありました。解説には、是真摺物の代表作と評されているとあります。
④ 五十浪浴衣地 是真図案 竺仙染
黙阿弥が明治17(1884)年、実父の50年忌の配り物とした浴衣地。黙阿弥の親友の是真が図案、やはり親友の竺仙が染めました。
これを糸女が繁俊のために浴衣に仕立て、タンスに入れてあり、大正大震災で焼け残ったものです。
ブログ2020. 05. 13五十の浪①
        2020.05.17  五十の波②
  2020.05.28   五十の浪③
  2020. 09. 01  河竹家と震災① 〜14
この辺のブログと「作者の家」(登志夫著)を読んでくださると、この是真のゆかりの品が、書生の倉沢さんがかついで逃げてくださった葛(つづら)と、塀に立てかけた箪笥の中身の、奇跡的に焼け残った物だけということがわかります。
大震災の日、家族一同で逃げ始めて、途中、是真の猪小屋が描かれた屏風を繁俊が取りに帰りましたが、火がつくからと捨てさせられたという記述もあります。是真と黙阿弥は親友だった上に、次女島が是真の弟子だったので、この屏風のほかにも焼け落ちた土蔵の中には、絵や蒔絵など是真の作品がいろいろあったようです。これは河竹家だけではなく、江戸から明治に素晴らしい仕事をした是真の作品は、主に東京の家々にあったはずです。東京のほとんどが燃えてしまった中に、貴重なものがどんなにたくさんあったことでしょう。惜しまれてなりません。  
大日本雄弁会講談社編集「大正大震災大火災」
序の日付は大正12年9月となっており、震災後1ヵ月以内には出版されたようです。
赤い線の内側が火災地域で、赤に塗られているところは、罹災民集団(避難場所)と書かれています。逆にここだけしか焼け残らなかったと言うことです。

是真の蒔絵作品には、これぞ粋の中の粋というような、精緻な技巧を凝らし高蒔絵でありながら、その上に薄墨から濃い墨までかけてしまうような作風のものがあります。武張ったようにみえて、よく見ると、小さななでしこが風に揺れているような繊細な絵柄だったりします。そして黒の厚みが美しいのです。京都や加賀の蒔絵の華やかさと違う粋な美しさで、ぞっとするほど素敵です。
また、写真のない時代の、能狂言の活写された舞台の絵は見事と言うほかありません。
帰りがけ、3時の昼食になりました。繁俊と登志夫の好きだったつな八が銀座の松屋にあるので、久しぶりに行きました。
食べながら60年も前、病床の繁俊に新宿のつな八で好物の天ぷらを揚げてもらい、急いで持って帰った事などを思い出しました。
食後は、銀座2丁目のバール、デルソーレでラッテ.マッキャート。
クリスマス間近の飾り付けで、暗くなった5時の銀座は華やかです。これは和光のショーウインドーの一角です。
久しぶりの外出で、最近では珍しく10680歩も歩けました。親族と是真を偲ぶことができた暖かくて良い1日でした。
                   (良)

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演劇研究家・河竹登志夫(1924-2013)、登志夫の父・河竹繁俊(1889-1967)、曽祖父の河竹黙阿弥(1816-1893)     江戸から平成に続いた河竹家三人を紹介するサイトです。(http//www.kawatake.online) (※登志夫の著作権は、日本文藝家協会に全面委託しています。写真・画像等の無断転載はご遠慮願います。)