切抜帳10より④(1976-1977)/自著紹介・対談など

自著「歌舞伎の座標」について、サンケイ新聞の取材を受けています。

「歌舞伎の座標」
1977年(昭和52年) 1月刊 毎日新聞社

「歌舞伎の座標」の目次です。


あとがきに「時代と社会と、そうして民族の特殊性さえも突き抜けて、現代の人間に訴えかけてくる歌舞伎とは何なのか。その美はどこから来るのかー。
こうした問題を私なりになるべく広い視野から解明しようと試みたのが、本書である」と書かれています。


こちらはサンデー毎日で、同じく「歌舞伎の座標」について。書き手・聞き手が登志夫の授業をとっていた学生さんだったということで、面白く書かれています。

「あの頃まだ若かった河竹さんのデイスクールは、まるでシャープな刃物のようだったっけ。(略)思い出した。河竹さんは東京大学で物理学を学んだというヘンな人なのだ。おどろおどろしい"伝統’‘にどっぷりつかっている環境から、一時期きっぱりと身を引き離して、とことん、合理的思考、論理的明瞭を身に付けた。」


こちらは著書「演劇概論」刊行前のお知らせ。

「演劇概論」
1978年7月刊 東京大学出版会

「はじめに(前書)」として、
「演劇というものは、種類も構造も表現も千差万別、それに何よりの生き物である。研究対象としてはまことに扱いにくい。まして、演劇とは何かなどと言う問いに答える事は、無謀ともいえるだろう。だがそれでも、演劇そのものは厳として人間と共にあり、そして演劇以外の何物でもない。
とすればやはりそこには、他の芸術分野、他の文化形態とはちがう独自の本質、特質があるはずだーそれを私なりに研究追求し、えがいてみたのが、本書である。」
「演劇概論」の目次です。
「あとがき」で、
「……「演劇概論」はいつも幻の著作であった。東京大学の美学特殊講義として(昭和46.4 7年)演劇論を2年間講じた時、今度こそまとめようと思ったが、やっぱりおいそれといかずまた数年が無為にすぎた。
だが心がけていると不思議なものでそのうち各種の講座に下心を構えて一貫したものにと書き溜めていった。
振り返ってみると、はっきり演劇に志して早大芸術科に入ってから、今年でちょうど30年になる。その間、研究の外、朝日新聞の演劇時評や歌舞伎評、海外での日本演劇の反響調査や客員教授としての外国での講義、また乏しいながら芝居創造過程の参加経験もないではなかった。ずいぶんちどり足を踏んだものだが、、私にとってはそれらがそのまま実験実証であり、研究であった。
この本のなるにはあげ切れないほど多くの内外同学の方々から著書論文などを通じて学恩を受けた。中でも新関良三、ハインツキンダーマンの両博士は20余年来、見守りはげまし、今も旺盛な研究活動を通じて、身をもって導いていただいている。明記して厚い感謝を捧げる。」とのべています。

281ページの本文のほかに世界演劇史年表、31ページに渡る索引があります。
演劇研究を始めて30年の仕事の決算、との意気込みで書いているのが見て取れます。毎年重版を重ねるロングセラーでした。


こちらは1976年5月の「月刊前進座」での座談会。四谷怪談上演作品研究。

                    (良)

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演劇研究家・河竹登志夫(1924-2013)、登志夫の父・河竹繁俊(1889-1967)、曽祖父の河竹黙阿弥(1816-1893)     江戸から平成に続いた河竹家三人を紹介するサイトです。(http//www.kawatake.online) (※登志夫の著作権は、日本文藝家協会に全面委託しています。写真・画像等の無断転載はご遠慮願います。)