歌舞伎座新装開場から8年①登志夫一世一代の読み上げ

今年で歌舞伎座が新装開場してから8年になります。8年前のこの日は晴れてあたたかく、式が無事終わったあと、歌舞伎座の楽屋口を出ると、昭和通りの桜の花びらが散り始めていたのを覚えています。

登志夫の妻良子の家の壁にずっとかけてある写真のうちのひとつ(右)がこの日の写真です。

このあと、みるみるうちに体調が悪くなり、1ヵ月半もたたない5月6日にこの世を去ります。本人が書いたこの日のことを、「演劇界」に最後に書いた連載記事から引用します(単行本『かぶき曼陀羅』に収録)。

「歌舞伎座新開場の狂言名題を読む

『演劇界』に、『さよなら公演の狂言名題を読む』を載せたのは平成二十一(2009)年五月号だった。

 その時『……さてそうなると、四年後に生れる五代目の新・歌舞伎座が、見られるかどうか。甚だ心もとない』と書いた。

 それから約四年、今年三月二十八日に、『歌舞伎座新開場杮葺落興行』の狂言名題を読んだ。古式顔寄せ手打式である。総勢約二百十名、観客席から見たら、さぞかし壮観だったろう。

 私は役目柄、最前列の中央、上手に松竹大谷会長、下手に安孫子専務。司会は歌舞伎座の船越支配人。ひとこと開式の言葉があって、すぐ指名により私が狂言名題を読む。

『當ル平成二十五年歌舞伎座新開場杮葺落興行四月大歌舞伎狂言名題

 第一部 岡鬼太郎作 

 一、壽祝歌舞伎華彩 鶴寿千歳』

に始まり、

『千穐萬歳大々叶』で終る。

『當ル』は当月という意味と大当たりをかけたもので、名題触れは必ず『當ル』に始まり、『大々叶』で終る。この興行の大当たりを祈願してのことは言うまでもない。

 これは立作者の竹柴正二さんが墨書したのを読み上げたのである。顔寄せ手打式は普段でも稽古の始まりに必ず行われている。そのときは頭取が進行役で狂言名題は立作者が読み、手打ちで締める。だから本来は正二さんの役目なのだが、今回のような大勢のお客様を入れての公開の、いわばお祭りの場合なのでむしろ特別なのだ。狂言作者竹柴一門の宗家、黙阿弥の曽孫として、松竹の要請により、正二さんの役を代行したようなものだ。

 この日は松竹の関係者・ことに大道具の皆さんには大変にお世話になった。というのは、前回もそうだったのだが、長年の足腰の疾患のため、舞台に正座できず、セリを使って腰かけて読み上げをしなければならなかったからだ。ことに今回は新しい舞台のセリと、私の体に合わせて、大道具の方々が背もたれ、ひじ掛からキャスターまでついた立派な椅子をつくってくださった。おかげで車椅子からその椅子に移り、丁度いい高さにセリを下げていただいて、どうやら無事に役目を果たすことができた。感謝、感謝、である。

 公開の顔寄せ手打ち式に狂言名題を読んだのは昭和六十(1985)年の、先日亡くなった十二代目團十郎の襲名のときから今度で六回目になるかと思う。

 思えば百二十四年前、『歌舞伎座』という名の劇場が誕生したとき、その杮葺落の名題を読んだのは黙阿弥であった。ただしそれは歌舞伎座の大広間で行われたようだが。

 初代歌舞伎座の狂言名題を黙阿弥が読み、いま曽孫の私が五代目歌舞伎座の名題を読む……。黙阿弥の跡目を継いだ糸女、その後を継いだ父・繁俊も多少は喜んでくれたことだろう。ちなみに今回私が使わせていただいたセリは公開の場合に用いられた最初だったそうだ。新しい歌舞伎座の『初セリ』とはこれまたなんという果報か。

 私もすでに米寿を過ぎ、もうこのような機会はないだろう。まさに一世一代の読み上げであった。」

以上、引用のつもりが、全文になりました。この日までの苦労を感じさせないすがすがしい文章。この文章を書くこと、書いてこの世を去ることが、色々な無理をしても手打式に出たかった理由だと思います。自分の人生の大きな区切りになることがわかっており、それをなんとかやり遂げたという満足感をここに読み取ることができます。



これはちょっとした裏話ですが、数日後に、この連載に使うため、竹柴正二さんに、読み上げに使った書面を撮影させてほしいとお願いしたところ、もう捨てちゃったよ、とのことでしたので、じゃあ仕方ないと思っていたらすぐに、改めて書いたから、と連絡をくださいました。ですので、この写真は実は当日使ったものではなく、数日後改めて同じように書いてくださったものです。正二さん、ありがとうございました。

長いお付き合いだった雑誌「演劇界」への最後の寄稿。このページの左下に小さな字で、登志夫死去のことが書いてあります。

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演劇研究家・河竹登志夫(1924-2013)、登志夫の父・河竹繁俊(1889-1967)、曽祖父の河竹黙阿弥(1816-1893)     江戸から平成に続いた河竹家三人を紹介するサイトです。(http//www.kawatake.online) (※登志夫の著作権は、日本文藝家協会に全面委託しています。写真・画像等の無断転載はご遠慮願います。)